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2回目の流産 3

次の診察までに出血はおさまっていました。子宮の収縮がうまくいっているか、等を調べるためなんだろうと思いました。

私は1回目の流産の時に院長先生に代わってからずっと院長先生でした。でも、エコー検査の時に聞こえたのは女の先生でした。

エコーの後の診察は本当にお粗末なものでした。
女医『もう大丈夫ですから。子宮の大きさもいいですから』
私『検査結果は… 』
女医『え?何の?』
私『受精卵の…』
女医『え?何回かしてるの?』
カルテをペラペラめくって後で、
女医『あー異常なし。普通の流産だから』
何も聞けないまま短い診察は終わりました。
流産は胎芽の染色体異常などが原因とのことですが、異常なしとはどういう意味でしょうか。異常がないならなんで流産したのでしょうか…。普通の流産とは何でしょうか。

かなりナーバスになっている状態で、気持ちはボロボロでした。

この一件から、この女医さんには絶対に診てもらわないように院長先生を指名するようにしました。
二度と顔も見たくありません。今でもそうです。

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2回目の流産 2

主治医の先生が言う『次回』よりも前に出血が始まりました。でも病院には行きませんでした。きっといいことは言われないだろうと思っていたからかもしれません。

次の診察でも心拍を確認できないどころか、流産しかかっていると言われました。胎芽の位置が移動していたのです。
流産止めの薬を処方されて『これでも出てきたら胎芽を持ってきてください』と言われました。

正直、流産止めの薬なんて必要なのかと思いました。育ってない胎芽をお腹に留めておくことに疑問を感じると共に、出てこようてしてくれているなら、邪魔したくないというのが正直な気持ちでした。
飲みたくないと主人に言うと、プロが言うなら飲んでおいた方がいいんじゃないかと言われ、納得しないまま飲みました。

それでもその2日後くらいに、出てきてしまいました。明らかにお腹が痛くなって、そんな予感がしたので、生理用のナプキンで受けました。
受精卵?胎芽らしき、白くて小さな丸い玉でした。勝手に赤いと想像していたので不思議な感じでした。

新しいナプキンに包み直し、病院に持っていきました。
受付で『妊婦検診ですか?母子手帳はありますか?』と聞かれました。とっさに言葉を失い『流産したからないです』と答えていました。

なんで母子手帳はありますかなんて聞くんだろう。私は心拍が確認できる前に流産しているから、産婦人科には何回も通っているけれど、母子手帳はもらったことがありません。流産することは珍しいことなんだろうか?

こういう何気ない言葉に傷ついていては身が持たないことは分かっているのに。

胎芽を出して流産後の経過を追って、その回の診察は終わりました。次は胎芽の検査結果を聞きにいくことになるとのことでした。


2回目の流産

絶望的なその言葉に、目の前が真っ暗になりました。どこか、そうなる気もしていました。私は順調に経過をたどったことがないので、うまく行く想像ができませんでした。

次回また確認しましょうと言われて、病院を後にしました。

その後の私は荒れました。
部屋にこもって主人としか話しませんでした。母とは話したくなかったのです。

母は23で結婚し24で私を産みました。端から見たら順風満帆と言えばそうだと思います。流産がなぜ起こるか、どんな気持ちになるかの配慮がまるでなく、想像で話します。それが一番私は嫌でした。

ストレスが原因になるから、お母さんのせいだと言ったこともあります。母はそれからは少し話す時に考えるようになる傾向がみられましたが、不十分で私は何度も爆発しました。

母が悪いわけではないのはわかっていました。でも、私は心の持っていきどころがなかったです。お腹の大きな妊婦さんやマタニティマークを付けた女性を見ると、嫉妬で狂いそうになりました。何であの人は順調にいっているのに、私はダメなんだろう。

結婚が遅かったのは、したくなかったからではありません。できなかったからです。私は結婚できないことでずいぶん苦しみました。ようやく開放されたと思ったら、今度はこんな形で苦しむことになるなんて。好きで遅くなったわけではないのに。

自分の人生に失望しました。
主人はじっと私のそばにいてくれました。それだけが救いでした。

2回目の妊娠

気分がのらないものの、日常をそれなりに楽しんでいました。
子供を授かりたいとようやく思えるようになりましたが、2ヶ月ほどはタイミング合えばいいかなと思うくらいでした。

私は結婚する前から基礎体温をずっとつけていたのですが、高温期への移行が緩やかでいつ排卵しているかわかりづらかったです。でも、規則正しく生理は来ていて、排卵のタイミングは何となくわかりました(次の生理の2週間前が排卵だそうです)。

そろそろ本気で欲しいな、と思った頃に生理が来なくなり高温期が続きました。
それと同時によぎる不安…。
主人は早く病院へ行けと言いましたが、私があまり気が進まなくて、結局7~8週あたりで受診しました。
1回目は心拍が確認できませんでした。2回目は最初の受診で心拍を確認してもらおうと思いました。

産婦人科は女性ばかりで、入りづらい雰囲気だとか言って、1回目の流産の時はほとんどついてこなかった主人が、ついてきました。

受診すると、またエコーで確認をしました。
『…うーん、小さいなぁ』
その言葉を先生から聞くのは2回目でした。

気持ちがのらない日々

流産した後、生理を2~3回は見送らなければなりません。主治医から言われて、今回の流産の受診は終わりました。

年齢で焦っていた私は、2~3回でも惜しい…と思ってしまっていました。最後の生理から流産するまで2ヶ月経っているわけです。さらに2~3ヶ月…。

焦っても仕方ないので、できることをやっていこうということにしました。
やはり流産はとてもストレスになったので、主人と遠出したり、趣味に精を出したり。
後で振り返ると『気分転換しなきゃ』と躍起になっていました。それなりに楽しめたはずなのに、どこかに流産したから今遊んでるという気持ちが消えませんでした。流産しなければこんな楽しい思いはできなかった。だけど、楽しい思いをしなくても良かったから流産したくなかった、と。

生理を2~3回見送ってからは、あれほど焦っていたのに、妊娠するのがこわくて積極的には動けませんでした。
主人も子供を欲しがっていましたが、私の気持ちを察してか、あまりその件については触れずにいてくれました。

でも、流産は15%。1回流産した後の出産率と流産したことがない人の出産率は有意差がないとのことです。私の友達も2回目の妊娠でかわいい赤ちゃんを出産していました。
次はきっと大丈夫だ。と思いながらも、のらりくらりと時間が流れていました。

1回目の流産の手術をしてから、5ヶ月が経っていました。
プロフィール

Author:west bow
年齢:アラウンドフォーティー(女)
仕事:医療の専門職
趣味:スノボ、ドライブ(MT車)
病気?:不育症

不育症とは、妊娠するものの流産を繰り返してしまうこと。不妊症とは違って理解が進んでいないことが現実。ブログを通して理解を増やしたいと考えています。
 

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